校長だより 2015 葉月

    便り用

我が家でアヒルの卵が孵ったのは、この8月で4度目になりました。日本にいた頃は、鶏やアヒルを間近に見る機会も殆どなく、そういえば、各種動物も、鳥や虫も、ケアンズではそこにいて当たり前のような生活になっています。

ところでこのアヒルの母親ですが、本能とはいえ、約30日も卵を抱き、孵ってからは成長に従い、少しずつ行動半径を広げ、水浴びを覚えさせたり、危ない目に合わないように、ヒヨコ達のチョコチョコ遊ぶ様子を注意してみていたりと、その面倒見のマメさには何と健気なことよ、と見ていて愛おしくなります。

数日前、何かを察知したのか、ただ、ヒヨコ達が広がり過ぎたので注意したのか、庭でピイピイとうろちょろしているのを見ていましたら、母鳥が、一声低く、クッと鳴いた途端に、それが「集合!」の合図だったのか、「危ない!」という警告音だったのか、まるでマンガの早送りのように、少し散らばっていたヒナたちが、あっという間にささっと母鳥のそばに集まってきました。そばで一緒に見ていた子供も、『あれ? なに今の?』 というように、目を丸くして、私とお互いに顔を見合わせ、その後二人共大笑いしてしまいました。

動きは面白かったものの、この躾の良さには、子供ながらに感心したようです。 『よく、お母さんのいうこときくねー。』 と。

こんなヒヨコ達ですが、大きくなるに連れ、行動半径が広がり、自立心が付くのでしょうか、段々母鳥の言うことを聞くこともなく、好き勝手に出歩くようになります。また、ヒナによっても、性質が違うのでしょうか、4月頃に生まれたヒナたちは、まだ羽が黄色いうちに、フェンスの下のすき間から、どんどん近所に散歩に出かけ、中には、マルグレーブロードを横切り、バラクラバ小学校の庭まで散歩に行き、先生に見つかってもらわれて行ったものまでありました。

フェンスの下のすき間は狭くて母鳥はくぐれません。子供たちが出て行ってしまう度に、母鳥は、鳥にも表情があるのでしょうか、困ったような、悲しいような顔で、飛べないはずなのに、バサバサとフェンスを乗り越え、子供たちの後を追って、時間がかかっても何とかまとめて連れ帰って来ていました。

先日補習校の廊下を、誰かが疾風のように走って行った姿を見かけましたので、戻ってくるところを見はかり、(戻ってくるときもハヤテでした) 「走らないで!」 と一言声をかけましたら、即座にピタッと止まって歩き出したのを見て、このアヒルたちの、「くくっ!」「サッ」という動きの印象が重なった次第です。

元気な低・中学年の生徒たちで、休憩時間には、たった5分でも、誰かしら走る子が出てきます。何度注意してもどうしても走る子は出てくるのですが、それでも注意すればピタッとやめてくれます。大人(親、先生)に注意されれば、はっと気が付き、言うことを聞く、何度か同じことを繰り返しても、言われればやめ、そしていつの日か注意されたことはしなくなる。それが諦めない躾であり、長い目で見ていく教育でもあります。

人の子は一朝一夕に大人にはなりません。子育ても教育も、繰り返しを恐れず気長に積み重ねていくことが大切です。ただし時には、厳しい躾も必要です。裏庭のアヒルだって、群から離れて冒険し過ぎる子は、母鳥に頭を咥えられているのですから。